2017年1月11日水曜日

セレッソ大阪 2016シーズンまとめ その3 大熊清監督とは

セレッソ大阪2016シーズンまとめ、第3回となる今回は大熊清監督について。
2016年シーズンまとめは今回で終了となります。



■積み上げる事ができなかったチーム

2016シーズンは、最初から最後まで攻守において実際の試合における課題は山積みでした。
攻撃も守備も個人のキャラクターまかせ。定まらない守備のスタート位置、それにより空いてしまうバイタルエリア。2015年からタックルラインは下がり、バイタルエリアからの被アシスト数も14とリーグワーストの数字です。
この状態でありながら、チームを崩壊させなかったことは評価すべき点なのかもしれません。しかしチームはギリギリの状態に陥っており、杉本や柿谷に大きく負担がかかっていた状況はチームマネジメントとしても、個人的にはあまり評価できない点でもあります。

個人的に大熊清監督に最も不満を感じていたのは、チームが抱えていた問題をシーズンを通じて1度も根本的な解決をみなかったこと。大熊清監督が持っていた方法は人の並びや人を入れ替えることのみでしかなかったと感じています。
監督の最も重要な仕事は試合に臨むための1週間、例えば日曜日に試合があるなら月曜日から土曜日に何をするかだと思っています。
サッカーはプロ野球などと異なり毎日試合がある訳ではありません。ミッドウィークの試合など例外はありますが、基本的には週末の試合に向けて1週間の準備期間があります。
個人的にはこれがサッカーをより面白くしているポイントだとも思っているのですが、この1週間でどんな準備をすることができるかによって週末の試合が変わってくる。そしてその繰り返しでシーズンが行われ、チームの積み上げが行われると考えています。
なので監督の最も重要な仕事はこの1週間に何を準備するか。週末の試合で誰が先発なのか、どのフォーメーションを用いるのか、交代で誰を起用するのかはこの準備をした1週間の結果でしかありません。
しかし、大熊清監督のチームからはこの1週間の準備と、それを繰り返す事による積み上げを感じる事がほとんどありませんでした。
このブログのコメントなどでも、スタメンや交代策について頂く事が多かったのですが、個人的にはそこはあまり重要視していません。
誰が出ても良いのですが、1週間の準備期間を持ちながらもシーズンを通じて改善を見なかったこと。というよりもどのように改善しようとしているのかが全く見えなかったこと。
4から3に最終ラインの数を変えたところで変わるのは選手のスタートポジションでしかありません。しかし大熊清監督には、最終ラインの数を変えることと選手の入れ替えしか監督としてのアイデアはありませんでした。

■そもそも大熊清監督とは何だったのか

ここまで書いてきたように大熊清監督に対して不満を感じることが多くありましたが、個人的にはそれ以上によくわからない事が多い監督でした。
そもそも「監督として結果が出ない」というのはどの監督でもありえることです。
そうなってしまうのは、やろうとしていることが出来ない、または出来なくなってしまうということが殆どで、その要因は相手であったり、自分のチームであったりで、具体的にはやりたい事が選手にあってなかったり、選手に伝える事が出来なかったりします。
しかし、1年間継続して見た大熊清監督はそれとは少し違いました。

おそらく大熊清監督にはこういうサッカーをしたいとか、しようとかいうものは無いんじゃないかと思います。それは例えば「監督のやりたいことを選手に当てはめるのではなく選手の資質や編成を見てサッカーを構築する」といったレベルの話しではなく、そもそもサッカーを構築しようという考え、考えというより感覚かもしれません、を持っていないんじゃないでしょうか。
おそらく大熊清監督の理想のサッカーは監督が何もしないサッカー。監督の仕事はあくまで選手のサポート。スタメンを選び、コンディション調整をする。後は選手が状況を判断しながら、臨機応変に対応するというものなのではないでしょうか。

もちろんこういった考え方もありますし、例えばよく言われるセレクター型の監督はそれに近いものかもしれません。
ただ、そうはいっても監督の仕事は選ぶだけではなく選手個々の個性をつなぎ合わせる為に調整は必要です。しかし大熊清監督はそういった事はほとんどやらない。これもやらないというよりやろうとしていない。
例えば相手のカウンターに対しての対応を練習する事もありますが、結局は個々で状況判断して臨機応変に対応しようという形で終わるので、チームとして落とし込まれる事はありません。
一事が万事その調子なので最終的に出来上がったチームは、対戦相手の監督や選手から必ず言われていた「選手個々の能力がただ並んでいるだけでしかないチーム」になっていたのでしょう。

試合終了後のコメントでも時々ナチュラルに選手に対して批判をすることが何度もありましたが、もしかすると本人としては選手個々に状況を判断する能力やリーダーシップを求めているんだという感覚だったのかもしれません。
しかしチームとして背骨が無い状態ではそれも上手くいかない。そもそも例えば守備のスタート位置についても特に攻守がつながっているサッカーでは正解の位置なんてありません。
どこでどのように守ってどこでどのように攻撃するかをチームとして共有していて、それが機能する形が必要なだけ。
チーム全体を見通す事ができてその責任を追うことができる唯一の存在である監督がそれを決めず何となくの状態で始めてしまっているので、そこでたまたま上手くいく以外では個々の状況判断を求められてもうまくいくはずがない。

選手はどこで誰がプレッシャーに行くべきなのかを監督に聞いても答えがないので、何とか調整しようとカメラを回しているスタッフなどに確認し話し合いで調整しようとはしますが、根本的な解決も図れるはずもない。
また言葉の通じない外国人選手で、真面目なリカルド・サントスは何とか自分が求められている事をこなそうと奮闘しますが、そもそも何を求められているのかをおそらく最後まで理解できなかった(というかチームとして何を求めているのかも決まっていなかったのではないか?)でしょうし、逆にソウザはダメならしょうがないと割り切って自由にプレーすることを選択したんだと思います。
そしてその状態での大熊清監督のいうリーダーシップは、最も大きい重圧を背負っている人というだけにすぎませんので、36節を前にして守備のスタート位置について杉本健勇が爆発してしまい、チームが崩壊寸前に追い込まれたことも仕方がないことだったのではないでしょうか。

2016年は大熊清監督のもとで最終的に昇格という結果を掴むことができましたが、決してシーズン当初の目標を達成した訳ではありません。そして内容的にもかなり苦しいシーズンで、2017年に向けてチームとして何かを作り上げる事ができたわけでもありません。
来シーズンも強化部長としてチームに残る様ですが、なぜ大熊清氏だったのか。2016年の監督としてだけでなく、2015年から続ける強化部長としても含めて、クラブの考えを明らかにして欲しいところではあります。


※2017年シーズンの展望についてはまた改めて。

1 件のコメント :

  1. お疲れ様です、監督とフロントの対応(監督任命・横浜戦後の解任拒否)にはかなり鬱憤が溜まってたのが伝わります、かくいう自分も同じですが。

    >クラブの考えを明らかにして欲しいところではあります。
    まいセレで試合後に社長の一言が載ってますけど、なんでフィッカ等に断りを入れて大宮を降格させる采配をしていた大熊監督に任命したのかについては百言でもいいから話してほしいところですね。POで昇格できたからよかったものの決勝の相手が反町松本だったら昇格できていなかったと今でも思ってます、運も実力のうちですけれども。

    先日G大阪とC大阪の育成比較の記事を読んだのですが、セレッソの育成方法についてはハナサカなどの機構について述べるだけだったので、クラブ全体として理想のサッカー像がひどく曖昧なことが起因しているのかなあ、と思いました。クラブとしてはフロントやスタッフにOBを揃えてそれをアイデンティティにしようと考えてるみたいですが、それで方向性がしっかり定まるとは到底思えません。

    文句ばかりもよくないので他に感想として、その1のイレギュラーについて細かく踏み込んだ言及が読んでて面白かったです。昇格できたせいかマスコミも結果オーライな内容ばかりでそうじゃないやろ!と思ってたので。

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