8月26日、セレッソ大阪はレヴィー・クルピ監督、マテルコーチとの契約を解除し、小菊 昭雄コーチが監督に就任することを発表した。
レヴィー・クルピ氏にとって4度目のセレッソ大阪監督就任にして今回が初の契約解除となる。
【お知らせ】
— セレッソ大阪オフィシャル (@crz_official) August 26, 2021
レヴィー クルピ監督、マテルコーチの契約についてhttps://t.co/bN31isfPjJ
小菊 昭雄コーチ 新監督就任のお知らせhttps://t.co/8dwKJ9WjuJ#セレッソ大阪 pic.twitter.com/mPdBIOKyaO
リリースでは「双方合意のもと」となり、報道では実質的な解任とされていたが、湘南戦での試合終了後コメントで「明日、フロントの人たちと話をして、何かしらの方向性を出さなければいけません。」と既に語っていたことから考えると、クルピ監督にも辞任の意向はあったのだろう。
■求心力の低下
今回の退任の直接的な原因は、クルピ監督の選手に対する求心力が無くなっていることがあきらかになってしまったからである。
自身も湘南戦後のコメントで
「1-5という最悪の結果になりました。ただ結果が悪いというよりも、パフォーマンス、中身ですね。選手たちの良さを引き出すことができませんでした。何かがうまくいかなかった試合でした。」
と結果以上に内容に問題があったことに言及し、
「解決策として、例えば、私の存在そのものが問題なのかもしれません。」
と語っている。
監督という職業にとって「求心力」は絶対に欠かせない要素である。
選手を固定し、同じメンバーで試合を重ねることでチームを作るレヴィー・クルピのようなスタイルの監督にとっては特にそう。求心力があるからこそ選手を固定できるし、それを維持するために選手との間に一線を引く。チームの規律についてうるさく言うのもそのためだ。
なのでそれが無くなってしまうと監督を続けること自体が難しい。もはや監督と選手という関係が成立していないということなので、我慢するだとか、乗り越えるだとかという段階ではない。
クラブとしてはどういう成績であったとしても、なんとかシーズン終了までこぎつけるか、もしくはこうなる前に途中で結論を出したかったのだろうが、監督と統括部長の関係では途中で結論を出すこともできず、その結果が選手にとっても監督にとっても、そしてサポーターにとっても厳しく残酷な結末となってしまった。
■なぜ求心力が低下してしまったのか
求心力が低下してしまったのは、成績はもちろんだがそれ以上に最後までチームの戦い方自体が定まらなかったからだろう。
たしかに開幕前や開幕直後は選手に迷いがあった。このブログでも触れたが、特に清武はチームのキャプテンとして、中心選手としてそれを正直に発言していた。
しかし選手が抱いていた開幕時点での迷いは、比較的速い段階で払拭することができていたと思っている。
そもそもチームに経験のある選手が多かったこと、そして開幕直後は経験豊富な新加入選手である大久保嘉人や原川力らが結果を残し、開幕直後は最高ではないもののある程度の結果を残すことができていたことが大きかったのだろう。実際に清武のプレーも第3節の清水戦以降は大きく変わっている。
しかし、そこから新たな迷いが発生する。クルピ氏自身が戦い方を定められず、最後まで迷い続けた。それによって選手も迷い始めた。
クルピ氏はかねてから「連携を構築するために開幕から10試合程度かかる」と語ってきたが、今シーズンは試合を重ねるにつれ徐々に内容が悪くなり、10試合前後のタイミングではっきりと結果に影響が出てくるようになる。そして公式戦13試合目のホーム大阪ダービーからリーグ戦12試合勝利なし。
この間にももちろんクルピ監督は選手や布陣を入れ替えながら何とかしようとしていた。しかし全く戦い方は定まらなかった。
求心力の低下が決定的になったのはACLグループステージから帰国後ではないかと思う。
2試合連続で2点ビハインドから3-3の引き分けに持ち込み、秩序に対する無秩序、カオスで対抗する試合が続いたが、これも当時のブログでも書いたようにそうせざるを得なかっただけで、クルピ氏が思い描いている、チームとして狙っている形ではない。
そして天皇杯鳥栖戦では3-4-1-2を選択。この試合では無事勝利できたが、布陣こそ異なるものの戦い方のコンセプト自体は、第16節で選手が前半にトライするもクルピ監督自身が否定し後半に戦い方を修正した鹿島戦に近いもの。
続くリーグ戦となる横浜FC戦でも同じ形でスタートするが、立ち上がりからチームは全く機能せず前半途中に修正を余儀なくされた。
戦い方が定まらず、また多くの試合でチームが機能せず、ハーフタイムで選手も戦い方も入れ替える選択を繰り返す。
それは言ってみれば監督のミスを選手がカバーする試合が続くという状態で、さらに結果も出ない。
そうなれば監督の求心力自体が低下してしまうのも仕方がない。
■戦い方を定められなかったのは
「クルピには戦術がない」。いろんなところで言われていたことだが、実際には戦術が全く無いサッカーは無い。
しかし「クルピに戦術が無い」というのもある意味正解。というのもクルピ氏はチームを指揮するにあたって最初からこういう戦い方をしようという戦術、そしてその設計図を用意しないタイプの監督だからだ。
ではどうするのかというのが、「選手を固定して継続して試合を重ねることでチームを作る」という手法。
チームの設計図を示すのではなく、中心となる選手を定めその選手をサポートする形でチームを作っていく(そのためメンバーを固定して試合を重ねる必要がある)。
どういう形になるのかはやってみないとわからないという部分もあるが、こういう手法を取る監督は、最初から戦い方を定めないぶん選手の可能性を制限しておらず、これが選手の能力を引き出す戦い方だと信じている。そもそもこうして最適解をみつけられるかどうかが監督としての評価だと考えている。
しかしこの手法はもう最近ではかなり厳しくなった。というのも2010年代中盤頃から世界中のサッカーが大きく進歩したからだ。
もはや現在のサッカーはポジショナルプレーの考え方抜きでは難しい時代になってきている。
誤解がないよう予め言っておくと、ポジショナルプレー自体は革新的な新戦術ではない。これまで様々なチームで成功していた戦い方、知恵みたいなものを体系化したものである。
しかし体系化したことで多くのチームで取り入れることが可能になった。体系化したことで様々なチームが設計図を手にすることができるようになったのである。
となると、クルピ氏のやり方だとどうしても時間がかかりすぎる。
相手に関わらず自分たちのやり方を積み重ねていくという方法なので、相手に対策もされやすく、設計図もない分 問題があったとしても修正しにくい。問題にぶつかったときには、選手やシステムなど何かを変えるしかなくなる。
そもそも目指している場所を明確に定めていないのだから、戦い方が定まらないのも必然なのだ。
ちなみに、ポジショナルプレーとは先に書いた内容なので、もちろん2019〜2020年にセレッソがロティーナ監督の下でやっていたサッカー=ポジショナルプレーというわけではない。昨季までのチームが見せていたのはあくまでポジショナルプレーの考え方に基づいた1つのやり方でしかない。
■この結果を招いた梶野氏の見込みの甘さ
最終的にクルピ氏はセレッソの監督として4回目の就任にして初の途中契約解除となったわけだが、こうなった責任が最も重いのはやはり強化の最高責任者である梶野智総括部長だろう。
そもそもなぜロティーナとの契約を更新せずにクルピを選んだのか。当初からこうなる可能性が高いと感じていた人も多かっただろう。実際に2018年のガンバでも同じような状況に陥り、シーズン半分で解任されている。そのときにクルピの代理人をつとめていたのは梶野氏だった。
想像の部分をあまり書くのはどうかとも思うが、おそらく梶野氏にとってはクルピと共にもう1度リベンジの機会をというつもりだったのだろう。
2013年に好成績を残しながらも自身と共にセレッソを離れることになり、2018年にはガンバで失敗した。
自身がセレッソに戻ってきたタイミングで成績も良く選手も揃っていた。
就任時も色々言われていたが、個人的には梶野氏にとってクルピ監督はファーストチョイスだったと思っている。梶野氏が就任した2020年頭の段階でロティーナ監督との契約は残り1年だったので、この時点で来年はクルピでと考えていたとすら思っている。そうでないと色々説明がつかないことが多いからだ。
そしてこの人事を正当化するために大言壮語な発言をしてしまったのも問題である。
「3位以内がノルマ」というのがその象徴。この人事にあまりに反発が多くそう言わざるを得なかったのかもしれないが、目指すのではなくノルマだというのは流石に大言壮語がすぎる。
このブログでも何度か触れたかと思うが、かつてイビチャ・オシムが「大きすぎる目標はチームを壊す」と話していたことがある。
そして「若手の育成」。これもかつて梶野氏がクルピ氏と共に成し遂げてきた、自分にとっての功績であるという意味でアピールをしたかったのだろう。しかし当時と今とでは状況が違いすぎる。
例えば近年で優秀な若手を輩出しているクラブとして名前があがるのは鳥栖だろうか。ただし、このクラブの場合は若手を使わざるを得ないという状況がある。
選手が大きく成長するために最も重要なのは試合に出場し続けることだが、資金的に余裕が無い鳥栖は年俸の高い選手を置いておけないので若手を使わざるを得ない。なので若手が早くから試合に出て成長することができる。
そして梶野氏が自分とクルピ氏の功績だと考えているだろう当時のセレッソ、香川真司、乾貴士、清武弘嗣、山口蛍、南野拓実らが出てきた時は彼らを積極的に使える規模の予算のクラブでしかなかった。
もちろんクルピ氏が思い切って起用したという部分もある。それがクルピ氏のメンバーを固定するという戦い方と相まり、彼らが試合に出場し続けることができた。
しかし今のチームで考えると、例えば2列目だと清武や坂元、CHだと原川や藤田、奥埜がいる。このポジションで若手を起用するということは彼らを外すということになるが、流石にその決断は難しい。
となるとクルピはメンバーを固定するのでより出場機会は少なくなる。
これも十分予想できたことだろう。
クルピ氏は去り、おそらく梶野氏もシーズン終了後に今回の責任を取らざるを得ないだろう。しかしこうなったのはクラブ全体のの責任であることを理解しておきたい。
0 件のコメント :
コメントを投稿